マーケティング

『インターネット的』は難しいけど読んだ方がいい1冊だった

最近、職場の先輩に薦められていろんな本を読んでいるのだけど、実にアタリが多い。
本当は小説が好きだけど、ビジネスマンとして不足の多い人間なので、最近は薦められたビジネス書を一生懸命読んでいる。
(今月は今、5冊読み終えた。よかったものはブログにまとめてある。)

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『インターネット的』とは、糸井重里さんというクリエイターが、
インターネットによって社会がどうなっていくのか?
をつらりつらりとまとめた文章だ。

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めっちゃ失礼なんだけども、実は私は糸井重里さんのことは「ほぼ日手帳の人でしょ」という認識でしかなかった。

その「ほぼ日手帳」とやらは、どうやら、ほぼ日刊イトイ新聞というメディアから生まれているようだ。それは、この『インターネット的』を読んでから初めて知った。

www.1101.com

もしあなたがまだ『インターネット的』を読んでいなかったら、ほぼ日刊イトイ新聞糸井重里さんのツイッターを1週間くらい観察してみてから読んでほしい。

糸井さんの仕事の裏には、「こんな予想」や「こんな思い」があったのか!
と気付きながら読めるはずだ。

インターネット的とは何か

インターネット的とは、インターネットによってもたらされる社会の変化や影響のことをひっくるめて指している。
もっと端的にいうと、インターネットとインターネット的の関係は、自動車とモータリゼーションの関係だ、と『インターネット的』では説明してある。

自動車の普及によって、人々の生活様式はどのように変わったのか、少し想像はつくはずだ。

そんな感じで、インターネットによってこれからどんな社会になるのか、10年前に描いているのがこの本だ。

インターネットによってこんな風に社会は変わっていく

『インターネット的』にはたくさんの「予言」が詰まっているのだけれど、今回は3つだけ厳選したい。私の仕事や私生活に生きそうだと思った3つだ。
きっと、ブログを読んでくれている同世代の方にも生きてくる3つだと思う。

1:何もない砂漠に、カジノの中心地を先に作る

私が一番共感しているのは、この考え方だ。

多くの人は「客集めの方法」を先に考える。道路を作るとか、拡散させるとか、フォロワーを集めるとか。

そんなもの、後からいくらでもついてくる。

糸井さんは、「ほぼ日刊イトイ新聞」を作る時、ラスベガスを参考にしたらしい。

ラスベガスは、土地代がかからない砂漠のど真ん中に、カジノで遊べるところを大掛かりに作った。それから、道路が通って人が集まるようになってきた。

これと全く同じだ。

インターネットという土地代がかからないところに、先にコンテンツを置く。そうすると、後から人は集まってくる。

私は現在、Webマーケティングの仕事をしているけれど、検索順位をあげることしか考えていないお客さんを見ると心が痛む。検索順位をあげるためのアドバイスしかできないような時にも心が痛む。

私には「この会社のこのサービスは、Webマーケティングの前にサービスのXXを変えたほうがいいんだけどな」が、物事を俯瞰して見ることが命だった前職の影響もあってか、なんとなく見えてしまっている。(あくまで仮説。それがあっているかどうかさえ、検証できないのが心苦しい)

集客よりも、中身やサービスそのものが大事なのだ。
中身を整えてから、集客を考えるのだ。

さらにインターネットの凄いところは、コンテンツを丸ごと渡せることだ。

テレビや雑誌には、記者が取材した内容が、時間的な尺やスペースの問題で「キリトリ」「編集」されて、受け手に渡されている。

しかしインターネットならば、それらの情報を録音・録画したそのままのデータで残したり、渡すことができる。

「丸ごとのコンテンツを渡せる」というのは、価値のあるものを全部渡せること言うことだ。これはクリエイターにとっては嬉しいはずだ。

画家が1枚の絵を書くのに、何時間、何ヶ月かかっているだろう。

どんな苦悩があるだろう。

例えが極端だけど、そうした裏側も伝えることができるのだ。

noteやブログで一般人の記事が人気になったりするのは、そう言う背景じゃないだろうか。隠し事がない、編集されていない、丸ごとの情報だから、面白いのではないだろうか。

お金もたいしてかからず、丸ごとの情報を受け手に渡せるインターネットなのだから、集客うんぬんの前に、「コンテンツ」を先に置くのだ。

2:大量生産・大量消費に限界がくる

これも「ほうほう」と声を出してしまったのだけど、糸井さんは2008年にはすでに、大量消費の限界を感じていたようだ。

2008年とは、青山テルマの「そばにいるね」や、GreeNの「キセキ」がヒットした年だ。
あとは花より男子の映画が公開されて嵐の「One Love」もヒットした。この頃、私は中学3年生か、高校1年生だった。

そんな頃に、糸井さんは「勢いと実力は違う」と言っている。

例えば、オリコンシングルチャート1位から10位の人気曲は実力がある人もいるけれど、勢いでランクインしている人もいるはずだ。

www.youtube.com

ここからは私の感想文だけども、この「勢い」でランクインしているのは、キンプリとか乃木坂とかだと思う。(私はキンプリも乃木坂も大好きです。歌も上手だと思う。乃木坂に関しては握手会に行っています)

彼らは今、勢いがある。

一方で、歌唱力だけで判断すると、オリコンシングルチャート50位くらいにそういう実力はあるけど勢いがない人がいるかもしれない。

そして、社会の人々が忙しくなればなるほど、「実力」より「勢い」があるものの方が評価されやすくなってしまう。

なぜなら、みんな忙しくて50位の曲まで全部聞いていられないからだ。

しかし、インターネット的になると、「勢いが価値」だけではなくなる。
「実力」も評価され始める土俵が出てくる。

それが今で言えば、Youtubeなどだろう。めちゃくちゃ歌が上手い人とか、音楽を作るセンスがある人は、本当にYoutubeでお金を稼ぐことができている。「勢い」じゃなくて「実力」が評価されて、勢いに乗るようになったのだ。

大量生産・大量消費の時代は、大量にあるものの中から何かを選ぶので、「勢い」「人気」があるものを選びがちだ。
しかし、「実力」を知れるツール・インターネットの登場で、人がものを選ぶ評価の軸は「勢い」だけではなくなった。

3:戦略でもっとも効果的なのは「正直であること」

『信頼の構造』という本で、いろんなゲームをして勝った人のことを分析すると「正直」という戦略をとっていたらしい。

これは素晴らしいことだ。

インターネットのおかげで、どんどんみんな、ウソを見抜くようになっている。

CMを見ていたって、「この女優、絶対こんな安い化粧品は使ってないでしょw」とか、「GUのスエットとか中条あやみ様だから着こなせてるんだよ!」というツイートとかを思い出すと、みんな真実を見抜くまなこを持っているのだなあ、と感じる。

 https://www.gu-japan.com/jp/feature/sweat/women/pc/から引用

それに口コミも、サクラだったらすぐ気づく。

企業が何かを売りたければ、もう「正直に戦う」ことしかできなくなってきたのだ。

また、ここにはブランディングというかマーケティングの要素も多分に含んだ考え方になっている。

例えば、シャネルの香水が綺麗な包装ではなくて、適当に梱包されていたら、それはシャネルとしての価値を消費者は感じるのだろうか。

消費者は「商品そのもの」と、「環境」に対して価値を感じているのだ。

だったらば、商品を売りたいなら、

  • どんな社長が
  • どんな社員が
  • どんな思いで
  • どんな場所で作った商品なのか

という、商品の「環境」も、消費者が商品を選ぶ時の基準になる可能性がある。

これはまさに、今そうなりつつある。

この本はクリエイターとしての生き方を語っている気もする

私はクリエイターではない。
『インターネット的』は、糸井さんというクリエイターが、クリエイターとしてのキャリアの不安をインターネットが解消する可能性があると気づいたから、書き上げられた書籍なのではないかと思った。

それを私のような、クリエイターじゃない勢が10年後に読んで見て、「予言の書じゃないか」と気付いた感じがするのだ。

正直、私はこの本の内容の3分の1程度しか理解できていないように思う。

ただ、インターネットによって、これまで飯をくうのが難しいと思われていた職業(クリエイターはその1つだと思う)が、報われる時代になってきたのだと感じる。