ふと考えたこと思ったことのメモ

ココ・シャネルは自分の運命を正解にしたから偉人なのだと思う

世界的ブランド、シャネルを一代で築いたココ・シャネルが孤児院育ちというのは、有名な話だ。

私は子供の頃から伝記が大好きで、小学生の頃に図書室にある子供向けの伝記シリーズは全て読んだ。
中学生になると、中高一貫の私立校だったので、やたらと大きい図書館が校内に併設されていて、そこにある本はおそらく同級生の中で一番よんだ自負がある。

伝記好きの私がもっとも、ダイナミックな人生を生きたのではないか、と思うのがココ・シャネルだ。

一発逆転のヒントは自分の「ハンデ」にある

シャネルは12歳の頃に母親を亡くし、父は子育てを放棄する形でシャネルを孤児院に預けた。預けた、というよりは「捨てた」
彼に子育ての意思はなく、迎えに来るつもりもなかったのである。

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孤児院や修道院を転々としていたシャネルは食事もままならない日々が続き、女性らしい体の曲線美があまり目立たない、華奢な体をしていた。

当時のフランスではふくよかな女性がセクシーとされていたという。
しかし、そんな魅力は残念ながらシャネルは持ち合わせていない。
それに、きらびやかな洋服は、裕福な家庭で育つ女性向けに作られているので、
ガリガリのシャネルの体型には合わなかった。

ある時から、シャネルは自分で洋服を作るようになる。
初めは帽子屋さんだったが、徐々にラインナップを増やし、自分で洋服を作り上げた。

今、テレビやパリコレで見かけるモデルは、みんな、めちゃくちゃ細いと思う。
女性は「細い」ことが美しいという価値観は、シャネルが産んだ、と言われている。

シャネルは「太れない」という自分の(当時で言えば)ハンデを、運命に変え、スレンダーを女性の美としたのである。

人間の太りやすい・太りにくいの体質は3〜5歳までに何を食べていたかで決まる。
当然、貧しい家庭で育ったシャネルが3〜5歳の間に、たくさん食べ物を食べれたとも思えないし、シャネルは「太れない運命」だったのだ。

シャネルの偉業は数多あるが、彼女がすごいのは自分の運命を正解にしてしまったことだ。

凡人が凡人で無くなる瞬間

シャネルは18歳の頃、歌手を目指していた。
ところが、オーディションに落ち続け、彼女は夢を諦める。

そのあと、彼女がハマったのが帽子作りだ。
帽子のデザインセンスが認められ、支援をうけ、帽子のアトリエを開業する。

この「諦め」が肝心だったのではないか。

もしここで、シャネルが夢を諦めずに歌を歌い続けていたら、時間のない彼女が帽子のデザインを始めたとは思えない。

シャネルの伝記を読んだ時、シャネルは生まれながらにしてファッションデザインの才能があったわけではないのだ、と気づいた。

おそらく人は、自分が夢中になれる生産的な趣味を見つけるまではずっと凡人だ。
シャネルは凡人どころか、ずっと貧しい暮らしで、裕福な家庭の子供に比べたら、自分が夢中になれる、才能を発揮できる何かに出会うチャンスはかなり少ない人間のはずだった。

しかし、デザインと出会って、彼女は凡人ではなくなる。

ポケモンで言えば、ピカチュウライチュウに進化するには、ピカチュウをそれなりのレベルに鍛えて、「かみなりのいし」を使う感じだ。

出典:https://game.watch.impress.co.jp/img/gmw/docs/607/639/html/p27.jpg.html

人間で言えば、20歳前後まで、本を読んだり、世間を観察したりして、少しずつ大人になることだ。そのタイミングで、「かみなりのいし」、シャネルで言えば帽子のデザインと出会ったとき、凡人が凡人で無くなるのだと思う。

凡人が「かみなりのいし」に出会う方法

ここからあまりにも当たり前のことをいうので、腹を立てられそうなのだけど、
この「かみなりのいし」「凡人を凡人でなくす何か」と出会えるかどうかは、かなり運の要素が大きいと思う。そしてその運の正体とは、凡人には継続が難しいとされる努力だ・・・

昔、とある本にこんな趣旨のことが書いてあった。

タイガー・ウッズ(プロゴルファー)を応援しているギャラリーのおじさんの中に、タイガー・ウッズよりもゴルフの才能がある人がいるかもしれない。しかし、それに気付けるかどうかは、果てしなく運の要素が大きい。

お金持ちの家庭に生まれると、いろんな経験ができる。その意味で、いろんな経験をするうちに、自分に合っている何かを見つけやすくなり、成功しやすいかもしれない。

また、自分が打ち込める何かを見つけた時、お金がある方が、そこにかけられる時間や、より自分を成長させるための環境に身を置きやすくなる点でも有利かもしれない。

一方で、シャネルのように孤児院育ちだったり、SHOWROOMの前田さんのようにご両親を早くに亡くして決して裕福とは言えない、むしろ貧しい環境から這い上がってきた人もいる。

運とは実はコントロール可能なものなのだ。ちょっとオカルトチックなもの言いで申し訳ないのだけれど。。。

例えば、テスト範囲が1番〜10番まであります。テストの問題は5問しか出ません。
そのうち、1番〜5番まで勉強した人と、1番〜10番まで勉強した人がいます。
テストには、1番、5番、6番、7番、8番が出ました。
満点を取れたのは、1番〜10番まで勉強した人でした。

この例え話を聞いた時、運の正体に気づいた。

10番まで勉強して、満点をとった人は
「勉強したところが出たんだ。運が良かったよ」と言う。
周りも「あいつは運がいいなあ」と思う。

一概に言えるわけではないけれど、運とは、他人より努力し続けた人間の方が結果が出やすいという真実のことなのだと思う。
努力は見えないので、また別の見えない概念「運」という言葉でまとめてしまってるだけなのである。

シャネルや前田さんは私のような凡人には見えない努力をし続けてきたのだろう。
シャネルはデザインに出会う前から、なぜ女性の洋服はコルセットをするのか。解放とは何かを考えていたというし、前田さんは「人間の能力に大差はないからこそ、やるかやらないかで人生が大きく変わる」と言って、メモをとりまくり、アイデアをだし、それを実行に移し、結果を残している。

凡人が「かみなりのいし」に出会う方法は、運としかいいようがなく、そしてその運とは、努力なのだな、と最近つくづく思うのであった。